コロナウイルスに伴うトラブル相談

内定取り消しを行なう場合の留意点 内定取消は労働契約違反に該当するのか

内定取り消しを行なう場合の留意点について、ホテル経営をしている会社を例に、解説いたします。

当社はホテルを経営しております。今年1月27日には中国政府が団体客の海外旅行を禁止し、以降宿泊客がほぼゼロに近い状態です。昨年9月に5人の新卒予定大学生に内定を出していましたが、3月10日に内定取消を郵便で一斉に通知しました。しかし、内定者の一人Xが内定取消は無効だとして、4月1日以降の給料の支払いを求めて来ています。そこで以下の質問です。

  • 内定しただけで、勤務も始まっていないXは従業員ですらなく、労働法は適用されないのでは無いでしょうか。
  • Xが既に従業員だとしたら、内定取消も解雇と同様に厳しいと考えるべきでしょうか。
  • 本件の場合、Xに対する内定取消を認めることができるでしょうか。

上記3点のご質問にお答えします。

Q1.内定しただけで、勤務も始まっていないXは従業員ですらなく、労働法は適用されないのでは無いでしょうか?

会社から内定通知が出された段階で、入社予定日を就労の始期とし、内定通知書または誓約書に記載されている内定取消事由が生じた場合は解約できる旨の合意を含んだ「始期付解約権留保付労働契約」が成立するとされています。したがって、労働者として当然に解雇規制が及びます。

Q2.Xが既に従業員だとしたら、内定取消も解雇と同様に厳しいと考えるべきでしょうか?

整理解雇が有効とされるための4要素の有無が問題になります。

内定通知の時点で労働契約が締結されているため、内定後の経済変動による契約悪化を理由とする内定取消が有効か否かについては、整理解雇に準じた検討が必要となります。

そのため、①人員削減を行う経営上の必要性②十分な解雇回避努力③被解雇者の人選の合理性④被解雇者や労働組合との間の十分な協議という4要素を考慮し、その有効性が判断されなければなりません。

Q3.本件の場合、Xに対する内定取消を認めることができるでしょうか?

①の人員削減を行う必要性の点はあるでしょうか。新型コロナの感染が、これほど拡大し、それにより経営状況が悪化することは、確かに会社が予見できるものではなく、一般的な経営難の場合と比べると、会社の解雇にも合理性がみとめられやすいと言えます。宿泊がゼロに近く、終息も見込めないということですから、必要性は認められるでしょう。

③の人選についても、過去の判例は、人選基準は会社が自らの判断と責任において決めるべきものであり、基準の設定と適用において合理性が求められます。

内定者は能力をこれから身につける者であるため、入社後の新人教育が必要で、能力評価もできず、試用期間が設けられ、正式採用されるか不安定な身分であり、若く、扶養家族もおらず、再就職の可能性も高いため、既存の従業員の雇用継続を優先し、内定者の内定を取り消したのは妥当な選択といえます。

また、採用内定者という基準は、恣意の入らない客観的な基準であり合理性が認められます。実際内定者全員の内定を取り消したという点においても、基準を労働者に一律に適用するものとして合理性も認められます。

②の十分な解雇回避努力はあったでしょうか。質問の内容からする限り、希望退職者の募集もなされていないようです。ただ、事態が急激に進展しており、今後の見通しも立ちにくい中、勤務開始日も刻々と近づいているうえ早急に決断する必要があるため、希望退職者を募集する時間的余裕もなかったと言えるでしょう。リーマンを超える未曾有の景気後退が予想されるうえ、新型コロナウイルス感染が世界的に落ち着かない限り、業況の回復は見込めないため、入社時期を遅らせるという判断も難しかったものと思われます。

④の内定者との間の十分な協議なされていたかというと、協議自体がなされていないようです。確かに事態の進展が急激であり、先行きが見通せないという事情はあるにせよ、会社の現在の業況、今後の見通しを真摯に説明し、金銭的補償の道を探す途もあったのではないでしょうか。

インフォミックス事件と採用内定取消

東京地裁平成9年10月31日のインフォミックス事件判決は、

  • 他社(日本IBM)からの転職予定者が内定を得られたものの、
  • 配属予定の部署でマネージャ-職につく筈が、業績不振を理由に廃止され、入社辞退を求められ、
  • 内定者がこれを断ったところ、
  • 会社は金銭的解決、ないし、マネージャ-職ではなくSE職への変更を提案したが、
  • 内定者がマネージャ-職につけるよう求め、さらに交渉中のところ、
  • 会社が、急遽、交渉を打ち切り、「SE職への配転を命令したのに、内定者がこの業務命令を拒否した」ことを理由に内定を取り消した

と言う事案についての判決です。

同判決は「経営悪化による人員削減の必要性が高く、そのために従業員に対して希望退職等を募る一方、債権者を含む採用内定者に対しては入社の辞退勧告とそれに伴う相応の補償を申し入れ、債権者には入社を前提に職種変更の打診をしたなど、債権者に対して本件採用内定の取消回避のために相当の努力を尽くしていることが認められ、その意味において、本件内定取消は客観的に合理的な理由があるということができる。」としながらも、前記採用内定に至る経緯や債権者が抱いていた期待、入社の辞退勧告などがなされた時期が入社日のわずか2週間前であって、しかも内定者は既に前勤務先に対して退職届を提出して、もはや後戻りできない状況にあったこと等を指摘し、本件内定取消をすることは、債権者に著しく過酷な結果を強いるものであり、解約留保権の趣旨、目的に照らしても、客観的に合理的なものとはいえず、社会通念上相当と是認することはできないとしました。

この会社は、最初は協議に力を入れていたのですが、相手が弁護士を立ててきたことで、それならということで話し合いを打ち切ったことが問題にされました。ただ、このあたりのタイミングは難しく、ちょっと厳しすぎるかなという気がしています。

入社時期を過ぎても、自宅待機等休業させる場合には、当該休業が使用者の責めに帰すべき事由によるものであれば、使用者は、労働基準法第26条により、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないとされていますので、注意が必要です。

内定取り消しを行なうにあたっては、具体的状況に応じた法的判断が必要になります。内定取り消しの連絡をする際の事前のアドバイスや、内定取り消し後にトラブルになった際の対応窓口等、弁護士に依頼するのが望ましいと思います。

弁護士にぜひご相談ください

コロナによる業績不振を理由に、内定を取り消す場合は、その有効性は、整理解雇の要件と同じ基準で判断されます。ポイントは、会社の窮状をきちんと伝え、金銭的補償を申し出たか、入社時期を遅らせることで内定取消を回避できなかったかあたりにあります。

「会社が苦しい」だけでは足りず、会社の置かれた状況によってとりうる方法も違ってきますので、弁護士にぜひご相談ください。

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