文化放送『くにまる食堂』に中原俊明代表弁護士が出演/684回テーマ 「誤送金事件の被害者は誰?」編

2022年06月07日
弁護士法人 法律事務所ホームワン

弁護士の中原です。

今回は、山口県阿武町の誤送金問題について話をしてきました。この問題は、山口県阿武町が町民に振り込みはずだった臨時特別給付金4630万円を誤って、男性に全額振込してしまい、振り込まれた男性が返還に応じず、それを使い切ったと主張していたものですが、結果として、町が依頼した中山弁護士の大活躍で、約9割を回収することができました。

どのようにして回収したかというと、男性が健康保険料を滞納していることに目を付け、中山弁護士と阿武町は、「国税徴収法」に基づいて、最初にお金が振り込まれた男性の口座を調べて、そこからお金が移された銀行口座と決済代行業者3社を突き止めました。その後、それぞれの業者の事務所まで出向いて「差し押さえ」と「即時支払いを求める取り立て命令書」を置いてきたところ、それぞれの業者が自主的に町にお金を振り込んだ、ということです。

誤送金を受け、お金を使ってしまった男性はどうなったかというと、結局、電子計算機使用詐欺罪容疑で逮捕されました。電子計算機使用詐欺罪というのは、普通の詐欺、例えば「オレオレ詐欺」などでは、犯人は相手に虚偽の事実を告げ、相手をダマして、相手の財産を差し出すようにさせます。でも、ネット社会になって、人ではなく機械を騙すことによって、不法に財産を取得する行為が増えてきたのです。条文を簡潔に要約すると、電子計算機に「虚偽の情報もしくは不正な指令」を与え、財産権の得喪若しくは変更に係る「不実の電磁的記録」を作り、「財産上不法の利益を得る」犯罪、ということになっています。

では、「電子計算機使用詐欺罪」の被害者は誰になるのか…ですが、「阿武町」と思われがちですが、阿武町は誰にも騙されておらず、間違えて4630万を男性の口座に振込んでしまっただけです。一方、男性は4630万を手にしましたが、男性には阿武町から4630万円を貰う法的な権利はありません。そこで、町は「お金を返してください」という不当利得返還請求権を使い、これに基づく裁判も起こしましたが、あくまでも民事上の話しなのです。

では、実際の被害者は…というと、「銀行」になります。4630万円は、男性の銀行口座に振り込まれ、そこからオンラインカジノに送金されたわけで、刑事事件では被害者は銀行ということになります。この辺はワイドショーなどでほとんど話されていないので、誤解されている方も多いと思います。ただ私が悩んでいるのは、犯人は電子計算機を「騙しているのかどうか」というところです・・・

実は26年前に、最高裁で、間違って送金されたお金でも、その口座の持ち主は、これを引き出す権利があるという判決が出ていますが、これは民事事件でした。一方、19年前の刑事事件の最高裁判例では、「銀行は誤った振込を正す『組み戻し』を行なえたのに、受取人がその事実を告げず、お金を引き出した行為は、銀行との関係で詐欺行為にあたる」という判決も出ているのです。

今回の事件では、オンラインシステムの端末機やコンピュータを操作して、実体のない架空の振替入金や振込入金等の情報を与えて、不法に財産を取得するという行為、これはコンピュータを騙していますが、でも今回は、民事の方の最高裁判決で認められた権利に基づいてネットでお金を動かしただけで、架空の情報を与えてコンピュータを騙したわけではありません。

本来、詐欺罪は詐欺行為があり、被害者がそれによって錯誤に陥ったことが必要で、19年前の刑事事件では、振込ミスの事実を告げず、預金を引き出すのは詐欺行為に当たると判断しました。

今回の逮捕は、窓口での引出ではなく、オンラインでの送金という点が、19年前の刑事事件と違うのですが、それでも犯罪が成立するという判断だと思います。でも条文では「虚偽の情報もしくは不正な指令を与えて、不実の電磁的記録を作らないといけない」とされており、本来の詐欺罪とは違うはずなのですが・・・何かモヤモヤが残ります。

◇日時
 毎週火曜 11:31~
◇放送局
 文化放送
◇番組名
 『くにまる食堂』
◇コーナー名
 「日替わりランチ ホームワン法律相談室」
◇684回テーマ
「誤送金事件の被害者は誰?」
◇出演
 番組パーソナリティ 野村邦丸さん
 法律事務所ホームワン 中原俊明弁護士