企業法務コラム

【企業法務】4630万円誤送金。これを使ってしまった場合、刑事責任は問えるのか。

山口県阿武町が4月8日、職員の手続きミスで町民1世帯あたり10万円のコロナ関連の給付金463世帯分4630万円全額を、1人暮らしの男性の預金口座に振り込んでしまった事件が注目されています。

町が不当利得返還請求訴訟を提起したとのことで、判決としては当然認められるでしょうが、問題は刑事責任が問えるかどうかです。一見、窃盗罪、横領罪に該当しそうですが、そう簡単な話でもありません。

というのも、ある最高裁判決が障害になるからです。

平成8年4月26日の最高裁判決は「振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対して右金額相当の普通預金債権を取得する」と判断しました。この判決によれば、誤入金された預金であっても、銀行との関係では、口座の名義人は預金者たる立場にあり、銀行に預金の払い戻しを請求できるというのです。

そうなると、窃盗罪はまず成立しません。
窃盗罪は他人が占有するものを奪う行為ですが、名義人が払い戻せるということは、その預金は自ら占有していることになるからです。

横領罪といっても、単純横領罪と占有離脱物横領罪があります。
単純横領罪が成立するためには委託者と本人との間に委託信任関係が存在することが前提ですが、占有離脱物横領罪にはもともと委託信任関係は存在しません。

本件では町と本人との間に委託信任関係はありませんから、占有離脱物横領罪しか成立しないことになります。占有離脱物横領罪は1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料という非常に軽い罪ですので、町も町民の方も納得できないでしょう。

そこで次に考えられるのが詐欺罪です。
こういうと「その男性が、誰を騙してお金をとったことになるの?別に町を騙してはいないでしょう。」と思いますよね。

こういった場合に、平成15年3月12日の最高裁判決は、騙されたのは銀行だとして詐欺罪を認めました。最高裁の論理構成は複雑ですが、ざっくりいえば「銀行も誤送金と分かっていれば、名義人には渡さないでしょう。名義人が誤送金だと申告すれば当然銀行は払い戻しには応じてくれなかったのに、それを申告しないのは銀行を騙したのと同じでしょう。」という訳です。
窓口で引き出せば単純詐欺罪になり、ATMやネットバンキングで送金したら電子計算機使用詐欺罪になり得ます。

単純に見えてすごく難しい問題ですから、司法試験に出してもいいかもしれません。ただ、疑問なのは、町はなぜすぐに預金を仮差押えしなかったのかということです。町にも顧問弁護士が必要なのではないでしょうか。

追記:
これを脱稿し、掲載しようとしたところ、男性が電子計算機使用詐欺罪で逮捕されたとのニュースに接しましたが、このまま掲載します。

2022年05月20日
法律事務所ホームワン