企業法務コラム

米陪審で武田に6200億円賠償評決

武田薬品工業が糖尿病治療薬「アクトス」の投与が原因でぼうこうガンになったとして、米国の男性が同社を相手に起こした訴訟で、ルイジアナ州ラファイエットの連邦地裁の陪審は7日、武田に60億ドル(約6200億円)の懲罰的賠償金の支払い義務があると認定した。この男性は、武田がアクトスのガン発症リスクを隠していたと主張していた。
裁判では原告側が、糖尿病治療薬の有効性や影響に関する重要なやりとりをしていた電子メールなどの一部を「武田側がわざと破棄した」と主張。地裁の判事は武田側がメールを適切に保存していなかったと認定しており、こうした事実が陪審員による評決の判断に影響した可能性が高い。

※参照
2014年4月9日 日本経済新聞 
「武田に6200億円支払い命令 米連邦地裁、糖尿病薬巡る訴訟で」

(評)
改めて米国での訴訟リスクを思い知らされた判決だ。米国ではかつて小型飛行機メーカーが何十社とあった。ところが、老朽化した飛行機が墜落すると、墜落したのは飛行機の欠欠陥だと主張する裁判が多数起こされ、結局セスナ社以外の殆どの会社が倒産してしまった。
この懲罰的賠償金というのは、主に不法行為に基づく損害賠償請求訴訟において、加害者の行為が強い非難に値すると認められる場合に、裁判所または陪審の裁量により、科される制度だ。損害額をはるかに超える金額の賠償額を、いわば制裁として科すことで、将来の同様の行為を抑止しようというものだ。日本でも懲罰的賠償を求める裁判が起こされたが、最高裁はこれを否定したので、日本では認められていない。
米国の判決で有名なのが、1978年のフォード・ピント車事件だ。フォードが欠陥を発見したが、リコールをしないことを決定。フォードは、何分の1の確率で事故がおき、そうしたら賠償や訴訟にいくらかかるかを計算。この額とリコールにかかる額を比べると、リコールにかかる額が大きかったためにリコールせず、事故を放置したのだ。このため1億ドルの賠償が陪審員表決で認められた(裁判官が後に2000万ドルに減額)。
マクドナルドの事件も有名だ。79歳の女性ステラが、マクドナルドの駐車場で停車しているときにコーヒーを膝の間に挟み、誤ってカップを傾けてしまい、3度という重度の火傷を負った事件で、陪審員は本来の賠償金として16万ドル、懲罰的賠償として270万ドルの支払いを命ずる評決を下した。判事は評決後の手続で本来の賠償金として16万ドル、懲罰賠償額として16万ドルの3倍の48万ドルに倍賞額を減じた。
本件も減額はされるだろうが、億ドル単位の金額になるのではないか。
気になるのは「電子メールの一部が破棄された」と認定されたこと。陪審員は近所のおじさんおばさんなので、難しい議論にはそれほど興味を示さず、表面的な部分に飛びつきやすい。本件でも陪審員の一人が「メールを削除した?どんなメールかわからんが、よほど自分らに不利なことが書いてあったんだろう。」と言うや、そうだそうだということになったのかもしれない(ただ「12人の怒れる男」という真面目な陪審員を描いた米映画もあるので見てください)。
マクドナルド事件でも、「同様の苦情が過去10年間に700件あったこと」について、同社の役員が「(1日1億ドル以上売り上げるマクドナルドにとって)700件など0に等しい」という、傲慢な一言が陪審員の心証を害したと言われる。
またある日本メーカーが米国の発明家に、生産ラインで使っているある歯車が自分の発明の盗用だと訴えられた件で、陪審員裁判で敗訴したことがあり、それをあるテレビ番組で見たことがある。当時の陪審員がテレビカメラの前で言った一言が印象的だ。彼は「社長が『自分はそのような歯車が工場で使われていること自体知らなかった』って言ったんだよ。社長が知らないなんてありえないだろう。おれはそこでピンと来たんだ『こいつは嘘をついている』ってね。」
それと注意してほしいのは、懲罰的賠償を国の法律に取り入れた国があるということだ。それは中国。三井大阪商船事件でも明らかなように、中国は法治国家ではなく、人治国家。中国の裁判所は共産党の指導下にあるので、共産党が右を向けと言えば右を向く。共産党が、「日本のメーカーにどんどん懲罰的賠償を命じ、徹底的に締めあげろ。」と言えば、裁判所はその通りの判決を書くだろう。

法律事務所ホームワン 代表弁護士 山田冬樹

2014年04月24日
法律事務所ホームワン