【刑事弁護】窃盗症(クレプトマニア)について

2015年02月12日
弁護士法人 法律事務所ホームワン

代表の山田です

今日の日経朝刊でクレプトマニアの問題が取り上げられていました。

窃盗は経済犯で、経済的動機があるのが普通です。こういったものが欲しい、ああいったものが必要だ、だけどお金がない、あるいは、お金はあるがもったいない、といった動機から窃盗は行われます。
しかし、万引き犯の中にはこういった経済的動機では説明のつかないものが多々あります。格別欲しくもないのに、お金が十分あるのに盗んでしまったり、盗むこと自体が目的で、盗んできたものも使うことなく、部屋の隅に山積みされている。万引き犯にはこうした例が多いのです。こうした万引き犯の中には、クレプトマニアと呼ばれる、精神障害者が多くおり、こうした人は自分のやっていることが悪いということは分かっていても、窃盗行動を制御するできないのだという見解があります。
米国精神医学会の診断基準(DSM―Ⅳ)は、クレプトマニアに該当するか否かの診断基準を次のようにしています。
A. 個人的に用いるのでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
B. 窃盗におよぶ直前の緊張の高まり。
C. 窃盗を犯すときの快感、満足、または解放感。
D. 盗みは怒りまたは報復を表現するためのものでもなく、妄想または幻覚に反応したものでもない。
E. 盗みは、行為障害、躁病エピソード、または反社会性人格障害ではうまく説明されない。
ただ、A基準については、議論があります。病的性癖の人も、自分の興味の全くないものを盗むというよりは、やはり自分の欲しいものを盗むことが多く、そのことをもって直ちにAの基準に該当しないとして良いかです。当事務所で取り扱った事例で、好きな食品を万引きしてきたのは事実なのですが、家の中には食べきれない膨大な量の食品が山積みになっているのです。これは、経済的行動としては不合理であり、上記Aに該当するのではないかと思います。
しかし、クレプトマニアに該当するとしても、直ちに量刑を軽くなる訳ではありません。大阪高等裁判所平成26年7月8日判決は、被告人がクレプトマニアではある可能性はあるとしつつ、次のように述べています。
「被告人は,買い物に行くことを控えていたことを除けば,特段の支障なく通常の日常生活を営んでいたものである。しかも,本件犯行の際も,それぞれに被告人が必要とする商品を買い物カゴに次々と入れた上,買い物カゴを積んだカートを押しながらレジ横の通路を通ってサッカー台まで行き,既に精算が済んでいるかのように装って商品を自己が持参した4袋ものエコバッグに余すところなく入れて店外に出ている上,警備員から声を掛けられるや,代金を支払う旨申し出てその場を逃れようとするなど,商品獲得という万引きの目的実現に向けた合理的な行動を取っていることが認められる。」
「したがって,医師Aの診断どおり,被告人がクレプトマニアに罹患していたとしても,それが被告人の本件犯行当時の衝動制御能力に及ぼす障害,そして,行動制御能力に及ぼす影響はごく軽微なものであったと認められるのであり,本件の犯情にさほど影響していないことは明らかである。」
http://www.courts.go.jp/…/f…/hanrei_jp/621/084621_hanrei.pdf
しかし、この判決はクレプトマニアの特性を全く無視しているように思えます。
この人は、買い物に行くと、衝動を止められないから控えていたのでしょう。日常の行為を敢えてここまで制限しなければならないほど深刻だったように思われます。
それ以外、特段の支障なく通常の日常生活を営んでいたことから、行動制御能力ありとしているのですが、クレプトマニアは窃盗行為を繰り返すこと以外には極めて正常で、商品を目の前にすると、衝動を抑えつけることができない点に問題があるのです。
他の場面で行動制御能力あることに意味を持たせるべきではないでしょう。清算済みのように装って、レジを回避し、サッカー台に行ったという点が、目的実現のための行動として合理的という点も、クレプトマニアの特殊性を無視した議論です。統合失調症であれば、成り立つ議論ではありますが、クレプトマニアの重症度をこういった観点から判断するのは無理があります。
要するに、この判決は、クレプトマニアなどと言っても、それは心神喪失、心神耗弱とは、無関係であるし、「盗みたいから盗んだ」それだけではないか。やっていはいけないことと分かっているから、こっそりレジ台を抜けている。悪いと分かってやった以上、責任を取るのは当然。こういった考えが現れているように思われます。
しかし、クレプトマニアの議論はそこにはありません。クレプトマニアという精神症状は、世間一般で殆ど知られることは無く、患者も自分が病気であるという意識もない。そのため、適切な治療を受けることなく、改善の機会を奪われてきた。万引きを何回も繰り返してきたのも、本人の悪性の表れではない。こうした犯罪者には、いきなり重罰を持って臨むのではなく、治療の機会を与え、にもかかわらず、治療を怠り、改善の努力をしなかったということが認められて、そこで初めて重く罰する方向で考えるべきだと思うのです。