企業法務コラム

工事代金不払いが詐欺になるか

飲食店の改装工事の代金を支払わなかったなどとして、愛知県警一宮署は8日、東京都渋谷区神泉町の会社経営者、和藤健容疑者(57)を詐欺と偽造有印私文書行使の疑いで逮捕した。同署によると、和藤容疑者は「だますつもりはなかった」と容疑を否認している。
逮捕容疑は2009年12月と10年1月、愛知県一宮市の会社役員に対し、「代金は施工主から入金次第支払う」などと嘘を言い、名古屋市内の2つの飲食店の改装工事を下請け業者に施工させた。しかし、実際には工事代金を支払わず、計約4300万円の不当な利益を得た疑い。
さらに同容疑者は支払いを免れるため、「施工主とトラブルになり、入金が遅れている」とする内容のファクスを被害者に送っていたという。同署によると、同容疑者が経営する建築会社は資金繰りが悪化して自転車操業の状態に陥っており、不正に得た利益を借金返済などに充てていたとみられる。

※参考
2014年1月9日 日本経済新聞
「工事代金不払いの疑いで会社経営者を逮捕 愛知県警」

(評)
この記事をさらっと読むと、「支払う意思も能力もないのに、あるかの如く装い、工事を行わせた」ことが、逮捕理由になったがごとくであり、あたかも詐欺容疑で逮捕されたかのような内容になっている。
しかし、警察は詐欺罪ではなく、偽造有印私文書行使の容疑で逮捕している。この容疑者に詐欺的意図があったかどうか(支払う意思も能力もなかったか)は不明だが、この点は極めて内心的な要素なので、立証が非常に困難である。こうしたことが詐欺にあたるとして逮捕されるなら、倒産企業の社長の多くが詐欺罪で逮捕されてしまうことになりかねない。上記記事は、容疑者は支払いを免れるため、「施工主とトラブルになり、入金が遅れている」とする内容のファクスを被害者に送っていたというが、これも自分名義の書類であれば偽造文書にならない。偽造とは他人の名義を騙った場合に限られるからである。自分の名義で書いた文書であれば、どんな嘘をつこうと、偽造文書にはならない。ただ、仮に、容疑者が上記文書に添えて、「取引先が容疑者経営の会社に支払猶予を求めるような文書」を勝手に作ってファックスしたということがあれば、これは有印私文書偽造になる。
上記記事では有印私文書偽造罪ではなく、偽造有印私文書行使罪になっている。これは偽造文書だと知って、これを利用したことに対する罪である。仮に、上記仮定のように、取引先が支払猶予を求めるような手紙が利用され、かつ、当該取引先の記名押印が偽造であっても、本人が「これは俺が作ったものではない」と否認すれば、偽造を理由に直ちに逮捕できない。それでも「上記容疑者がこの文書を作成したかどうかは不明だが、この文書が偽造であること、そのことは容疑者も知っていたことは確実であり、にもかかわらず容疑者がこの文書を自分経営の会社が支払を逃れるのに利用した。」ということがあれば、それを理由に逮捕することは可能だ。

法律事務所ホームワン 代表弁護士 山田冬樹

2014年01月10日
法律事務所ホームワン