企業法務コラム

安倍政権 ホワイトカラー・エグゼプション導入へ

「政府は大企業で年収が800万円を超えるような課長級以上の社員が、仕事の繁閑に応じて柔軟な働き方をできるようにして、成果を出しやすくする。新たな勤務制度を2014年度から一部の企業に認める調整を始め、トヨタ自動車や三菱重工業などに導入を打診した。」「秋の臨時国会に提出予定の産業競争力強化法案に制度変更を可能とする仕組みを盛り込む。」
新制度「プロフェッショナル労働制」(仮称)の対象は、大企業の課長級の平均である年収800万円超の社員で、勤務時間を自分の判断で決められる中堅以上の社員を想定している。

※参考
2013年8月14日 日本経済新聞 朝刊
「課長級から勤務柔軟に 政府方針、時間規制に特例 年収800万円超が対象 トヨタや三菱重に打診」

(評)
プロフェッショナル労働制と看板を付け替えてはいるが、本質的には先の安倍政権が法案化しようとしたが、残業ゼロ制度だと叩かれて廃案となった「ホワイトカラー・エグゼンプション(WE制度)」の焼き直しである。その当時は年収400万円以上の管理職には適用できるという内容だったが、今回は800万円以上とし、一部企業にだけ先行して採用させることで、批判を押さえようとしている。
「エグゼンプション」とは「除外」、つまり、ホワイトカラーを労働基準法の労働時間規制から除外する制度である。そのため、割増賃金制度は適用されない。企業は対象の社員に一定の年俸と成果に応じた給与を支払うだけだから、理屈の上では、対象労働者が1日24時間、1年365日働こうとも、残業代はゼロで済むことになる。
裁量労働制度は既に法律で認められているが、単に労働時間を自分で自由に設定できるだけで、深夜、休日に労働すれば割増賃金は発生する。WE制度はこうした割増賃金を発生させない点で裁量労働制と大きく異なる。
日経は、WE制度を導入すれば、次のようなメリットがあるとして、WE制度の導入に大賛成だ。
「働く側は繁忙期に休日返上で働き、閑散期にはまとめて休むといった働き方を選べるようになる。」
「1日あたり、1週間あたりの労働時間の制約がなくなるため、在宅勤務も広がる可能性がある。」
「働き手の生産性を高め、日本経済全体の競争力強化につながる可能性がある。」
この制度は、単純に「残業代ゼロ」を狙った制度という訳ではない。社員を「時間」ではなく、「仕事」で雇おうという考え方が元になっており、時間ではなく、仕事の内容を基準に給料を払おうという制度である。同じ仕事を終わらせるのに、Aさんは6時間で済んだが、Bさんは10時間かかったという場合、現行制度ではAさんは、終業時刻まで無駄に会社にいなければならず、給料もとくにプラスにならないのに、Bさんは2時間分の残業代がもらえることになる。しかしWE制度ならば、二人とも同じ給料になり、仕事を早く終えたAさんは就業時間を待たずに帰ることができる。
このようにいうと、いかにも良い制度のように聞こえるが、使い方を誤る会社内を混乱させるだけに終わってしまう。
この制度が本来の目的を達成するには、それを可能にする人事労務制度が必要だ。
成果報酬規定の納得度が今以上に必要となる。現在、成果報酬制度をとっている企業で、どれほどの社員が成果評価に納得しているだろうか。WE制度は、従業員が納得する成果報酬制度がなければ成り立たない制度である。
また過重労働により健康を害しないようにする健康管理制度等を伴う必要がある。
個々の作業に対する適正な評価も不可欠だ。16時間かかる仕事を「8時間で終わるはず」として、その仕事を一人に押しつければ、蟹工船になってしまう。さらに、WE制度は労働の質を変えるものであり、労使とも仕事に関する発送を180度変える必要がある。なぜならこの制度のもとでは、労働者が自分で仕事の内容を決める必要がある。どんな仕事を、どれだけの時間を使って、他の労働者間とどうやって仕事をシェアするかを、すべて自分で決めなければならず、会社もそれを許すものでなければならない。上司や同僚が残業しているのに、自分だけ先に帰っても、それを受容できる職場でなければならない。
仮にWE制度が労基法上、一般に認められるようになっても、「残業代がゼロになる」などと簡単な気持ちで導入すると大変なことになる。

法律事務所ホームワン 代表弁護士 山田冬樹

2013年08月19日
法律事務所ホームワン